権限委譲の意味やメリット・デメリットは何か?
企業において、生産性の向上や人材育成にも有益だとされているのが権限委譲です。権限委譲とは何なのか、なぜ今、権限委譲が注目を集めているのでしょうか?
この記事では、権限委譲の言葉の意味や権限移譲との違い、メリットデメリットを詳しく解説。また、正しく行う方法や実施する際の注意点を説明したうえで、具体的な成功事例なども紹介していきます。導入する際の参考にしてください。
企業における権限委譲とは?
企業における権限委譲とは何なのでしょうか?ここからは権限委譲の言葉の意味や権限移譲との違いを解説していきます。
権限委譲の言葉の意味
権限移譲は「エンパワーメント(empowerment)」とも呼ばれ、力を与えるという意味があります。20世紀のアメリカでの、先住民運動などの高まりの中で提唱され、本来の人間が持つ潜在能力を発揮できる社会を目指す意味で、この言葉が使われました。
企業においては、上司が持つ業務権限の一部を部下に与え、部下の裁量で仕事をさせるという意味があります。権限委譲により、社員ひとりひとりが持つ潜在能力を引き出し、人材育成や企業の生産性の向上につなげることが目的です。部下に裁量を持たせて人材を育成するのが目的のため、最終的な責任は上司が持つことがポイントになります。
権限移譲との違い
権限委譲と似ていて混同されやすい言葉に、権限移譲があります。とてもよく似た言葉ですが、「委譲」と「移譲」という言葉は、意味に大きな違いが。
大辞泉によると、委譲は「権利・権限などを他の人・機関に譲って任せること」とあり、移譲は「権限や権利、財産などを他に譲り移すこと」とあります。「委譲」は任せること、「移譲」は移すこと、というのがポイントです。
このことから、権限委譲は部下に裁量を持たせて仕事を任せますが、仕事の責任は上司が持ち続けます。これに対して、権限移譲では、仕事のすべてを引き渡すことであり、責任も含めて引き渡すことを指します。
権限委譲のメリット
ここでは権限委譲のメリットを、社員や上司の立場など、それぞれの視点から項目別に分けて解説していきます。
メリット①社員のモチベーションを上げる効果がある
権限委譲により上司の権限の一部を任されるということは、現在よりも立場が上の仕事に取り組むことです。今までよりも上の段階の仕事に取り組めることは、社員のモチベーションを上げる効果があります。このことで、仕事への当事者意識を強化し、人材の育成や企業の生産性を上げることが可能です。
また、ステップごとにさらに権限委譲をすることで、部下の目標達成能力を高め、自己肯定感を高めることがモチベーション維持にもつながります。
メリット②社員の目的意識や責任感の強化に繋がる
自身の裁量で仕事を進めることにより、部下の目的意識や責任感は大きく向上。従来より高いレベルの仕事に取り組むことで、これまで上司がどのような判断から指示を行っていたのかを、深く考えるようになります。困難に立ち向かい、さまざまな方法を試しながら課題を解決していくことが、大きな成長につながっていくでしょう。
メリット③市場競争力を高める効果がある
部下が権限を持つことにより、クレームなどが発生した際にも、現場内で解決することが可能です。上司に判断を仰ぐ時間も大幅に削減でき、労働時間を短くして高いパフォーマンスを上げられるため、生産性の向上になることも。
こうして意思決定のスピードアップがはかれれば、商談にもスピーディに対応でき、市場競争力を高める効果につながります。
メリット④上司がコア業務に専念することができる
上司は部下に権限委譲することで、上司の持つ作業量を大幅に減らすことが可能です。そうすることで、上司はよりコアな経営戦略やプロジェクトなどに専念できるようになり、企業全体の生産性の向上につながります。
メリット⑤人材の適正配置にも役立つ
権限委譲は、人材管理の観点からも注目されています。権限委譲により引き出された社員の能力や才能をデータベース化することで、組織内での人材の適正配置に役立てることが可能です。
適正に人材を配置することで、社内リソースを最大限に活用することができ、ひいては、企業の生産性の向上につながります。
権限委譲のデメリット
権限委譲を効果的に実施するためには、メリットだけではなく、起こり得るデメリットも理解しておく必要があります。ここでは、権限委譲を実施するうえで起こり得るデメリットをまとめています。
デメリット①業務の進行に支障をきたすことがある
権限委譲された社員が能力不足だった場合、業務の進行に支障をきたし、業務が回らなくなる可能性があります。しかし、こうしたことは、権限委譲という方法や、該当社員の問題というよりは、どの範囲の権限を委譲するのかの判断ミスのほうが大きな原因です。
権限委譲を成功させるには、どの範囲の権限ををどの社員に委譲するのか正確に判断することが求められます。
デメリット②意思決定の基準が目先の利益になってしまう
上司と部下では、通常の業務において視点が異なるため、意思決定の際の基準が異なってしまう場合があります。現場的な視点からは、意思決定の基準が目先の利益になってしまうリスクが。また、自身の保身や業績を優先してしまう場合もあります。
このような場合は、意思決定のルールや判断基準について、社員の教育が必要となります。企業活動の目的からずれることのないようビジョンを共有し、判断の基準を理解させることが重要です。
デメリット③モチベーションが低下する可能性がある
効果的に権限委譲を行うには、上司による適切なマネジメントがポイントとなります。権限が与えられたことにより、責任が大きくなることをプレッシャーに感じる社員も。仕事を任せたまま、助言や支援をしないなど、マネジメントを行わないと、社員のモチベーションが低下したり、やる気を失ってしまうこともあります。
また、上司が部下のモチベーション向上のために仕事を任せた場合でも、部下が仕事を押し付けられたと受け取ってしまう場合があるかもしれません。こういった誤解はコミュニケーションの不足から起こります。このような誤解を防ぐためには、上司は、権限委譲の目的や方法に認識の乖離が起きないよう、説明に努めることが大切です。
デメリット④権限委譲に向かない業務もある
業務の中には、権限委譲に向かない向かないものもあります。判断に失敗が許されない、人命がかかわるようなケースです。また、経営戦略や人事評価など、経営の最重要となる業務なども、権限委譲を行うことは現実的ではないでしょう。
権利委譲を正しく行う方法
効果的に実施すれば、生産性の向上につながる権限委譲も、やり方を間違えると、かえってデメリットの方が大きくなってしまう場合があります。ここでは、権限委譲を成功させるために、正しく行う方法を解説します。
権利委譲の方法①業務を整理して目的を共有する
権限委譲を円滑に進めるためには、誰にどの業務を任せるのか、業務の整理をすることが重要です。そのうえで、個々の社員の成長につながる最適な業務を選択して任せることがポイントとなります。
任せる業務が決まったら、その業務の目的とゴールを社員と共有できているか、確認しましょう。そのためには、作業工程ごとに起源を設定したり、ガンチャートなどを活用して可視化させることが有効です。
権利委譲の方法②モニタリングと評価を実施する
権限委譲を行っていても、定期的に進捗状況をモニタリングを実施することが大切です。権限委譲を行った以上、可能な限り部下の裁量に任せることが望ましいですが、状況によっては適切なサポートが求められます。
進捗状況に遅れが発生したり、間違いが発覚した場合には、迅速に助言や支援を行うことが必要です。また、プロセスごとに評価を実施しましょう。数値によるフィードバックを行うと、客観的な評価をすることができます。
権利委譲を行う時の注意点
権限委譲を成功させるためには、注意したいポイントがあります。ここからは、権限委譲のポイントを3つに分けて説明します。
注意点①細かい口出しをしない
今まで以上の権限を任されて苦労する部下を見て、つい口出しをしたくなるのは誰しもが抱く思いです。しかし権限を委譲したからには、ぐっとこらえて見守りましょう。
状況によっては、助言やサポートも必要ですが、基本的には部下の裁量に任せましょう。口出しをしてしまうと、権限委譲をすることにならず、部下を委縮させてしまうことも。また、自分には仕事を任せてもらえないのかと、モチベーションを下げることにもつながってしまいます。
注意点②一度や二度の失敗で部下を叱責しない
上司から委譲された業務に初めて取り組む部下は、プレッシャーを感じ、大きなミスをしてしまう場合もあります。こうした場合に、過度に叱責を行ったり、権限を取り上げてしまっては、権限委譲を成功させることはできません。
権限委譲には、こうしたリスクを伴う分、効果が高い事を理解し、長期的な視野で部下をサポートしましょう。失敗の原因を検証し、失敗を繰り返さないための対応策などを話し合うことが肝心です。
注意点③自分の居場所に固執しない
部下が自身の裁量で意思決定できるようになってくると、業務が格段にスピードアップします。しかし、部下をサポートすることや、ミスされることを避けたいがために、上司が自分で仕事を済ませてしまうと、後継を育てることができません。
優秀な社内リソースを確保するためにも、スムーズに権限委譲を導入し、人材育成や能力開発に役立てましょう。
権利委譲の成功事例
以上のように、適切な方法で権限委譲を実施することには大きなメリットがありますが、今だに取り入れることに二の足を踏む企業も多くあります。
導入実績のない企業にとっては、権限委譲のマネジメントを行えるノウハウが社内にないことが課題となっているのです。ここからは、実際に権限委譲を導入し、大きな成果をあげている企業の成功事例を、5つ紹介します。
成功事例①株式会社星野リゾート
数々の経営不振の施設を再生させ、今や高級旅館・ホテルチェーンとして知られる株式会社星野リゾート。同社の創業家4代目の星野佳路代表は、フラットな組織づくりのために、積極的に権限委譲をすすめてきました。ヤン・カールソン氏の著書のなかで、「真実の時間」と名付けられた、スタッフが顧客と接するわずかな時間。
このわずかな時間の一瞬の判断力が、顧客満足度を大きく左右することに衝撃を受けた星野代表は、スタッフの判断力を上げるためには高いモチベーションが必要だと考えました。そして、そのためには可能な限り、現場のスタッフに権限を委譲することにしたのです。
同時に、フラットな組織づくりも大切にし、役職にかかわりなく、誰もが自由に発言できる環境を整えています。このことで、自分が思うようなサービスを実現することができ、社員のモチベーションだけでなく、責任感を高めることにもつながりました。
こうして、積極的にチャレンジできる企業文化となったことで、さらに人材が集まる結果となっています。
成功事例②株式会社フィードフォース
株式会社フィードフォースは、『「働く」を豊かにする』をミッションに、企業向けマーケティングサービスを開発・提供している企業です。同社は、「働く」を豊かにするために、トップダウンではなく、ボトムアップでフラットに意見を出せる環境を整えています。
1on1という、上司と部下のコミュニケーションを実施したり、Slackを利用したコミュニケーションなど、活発にコミュニケーションできる環境が作られています。また、チームで情報を蓄積・共有する文化によって、他チームの情報も自由に見ることができる環境を構築しているのも特徴です。
成功事例③株式会社小松製作所
日本での建設機械のシェアのトップ、世界でも2位を誇る小松製作所が、2012年の4月、従業員のエンゲージメント強化に着手しました。
具体的には、現場の従業員のエンゲージメントを左右する直属の上司となる、マネージャー層への研修とワークショップを行いました。
具体的には、信頼・モチベーション・変化・チームワーク・権限委譲の5つの項目を実施させる研修やワークショップが行われました。これにより、半年間でエンゲージメントは33%から70%、工場のパフォーマンスは9.4%向上させることができました。
成功事例④ザ・リッツ・カールトン
高級ホテルとして、世界中でトップクラスの評価を得ているリッツカールトン。そのサービスにまつわるエピソードは顧客に感動を与え、「神話」とも呼ばれています。この神話を生み出す秘訣となっているのが、従業員が自分の判断で行動できることです。
権限委譲し、ひとりひとりの従業員が決裁権を持つことで、タイミングを逃さず、感動を生むサービスが提供できるのです。また、全従業員に2000ドルの決裁権を与えることで、ひとりひとりが顧客満足度の向上のために高いアンテナを張っています。
成功事例⑤ミスミグループ本社
ミスミグループ本社は、東京に本社を置く、機械加工製品の販売などを行う一部上場企業です。FA事業、金型用の精密機器部品事業、VONAの3事業のうち、FAと金型用部品専門商社の株式会社ミスミが中核となっています。
このミスミグループ本社では、年齢やキャリアにかかわらず、裁量権のある仕事に挑戦できる手上げ昇格制度を導入しています。こうして権限委譲を実施し、少人数のチームそれぞれに小会社のような機能を持たせることで、社員のベンチャー精神を高めているのです。
権利委譲を導入して企業全体の生産性を高めよう!
権限委譲のメリット・デメリットや、権限委譲を正しく行う方法について解説しました。権限委譲を効果的に実施することで、社員の持つ潜在能力を引き出し、人材育成につなげることができます。
権限委譲を成功させて企業の生産性を高めるために、社員の業務をサポートする環境整備が大切です。ここで上げた成功事例を参考にして、ぜひ、自社に最適なかたちで、権限委譲を活用してください!